2011年1月 2日
(ビーナスブリッジにて)
2011年、あけましておめでとう。 昨年(2010年)の年始に感じた、「とうとう、あけてしまった・・・」と言う不安な気持ちはまったく無い。 今年一年でどれだけの成果を出す事が出きるか? 当然いろんな事に挑戦するであろうが、全戦全勝しないといけないなんて事など心配しなくても良い、勝率をどれだけをキープ出来るかでは無く、どれだけ多くの案件に係われるか、その案件の大小ではなくいかに自分が真剣に相手の事、係わった大勢の人達と真剣に付き合う事が出来るかが大事だと思う。そう今年は、結果をださなくてはいけない年になるはずである。 それも、プロジェクトの成功ではなく、自分と係わっている人との、人間関係を再構築して、本物とフェイクを見分け、本当に生涯の友(戦友)を築く年であると考える。
昨年は、自分が本当にしたいことを見つけて、それで生涯を生き抜く覚悟を考える年だった。今年は昨年の熱い思いを「実行」する年に成ると思う。 勿論、成功を遂げたら良いのだが、失敗するのも良いと考える。失敗を恐れて立ち止まってアクションを起こさない方が危険である。「実行」、「行動」・・・。言葉の言い回しは何でも良い、ただ自分を信じて行動するだけである、言葉も理屈も何も必要ない。ただし、他人の行動を真似たり、他人と肩を組んで「一緒に何かする。」などではまったく意味が無いと考える。 なぜなら、自分の熱い思い(プラン)を他人に話していること自体問題であるし、自分一人で出来ない事は、結局、何も出来ない事に成ってしまわないか。それを自分が認めたくないから言い訳が始まる、「お金があればこの計画を実現して成功するのだが、なにぶん資金が無い。」と言う人がいる、滑稽である、そこには熱い思いを一生涯掛けてやり遂げると言う事から外れているではないか。それならはっきり「お金儲けがしたいけれど、自分では何も出来ない!」と泣き叫んだ方がよほど可能性がある。なぜなら「、可哀そうだな!何か助けてあげようか?」と既得な方が哀れんでくれるかも知れないではないか。
やはり、昨年(2010年)から流れが続いていはずだ。2010年に「何をしたいか」、「何をするために生まれて来たのか」、「何をどうしたいのか・・・・」に結論が出てない人は、そこからもう一度考えて欲しい!年度が替わったら、自分も変われると本気で思っているのなら、それはかなり楽観的である。時代が動いている今こそ、自分自身が問われるはずである。
「自分の友達でこんな凄い人がいるだよ!彼(彼女)は凄いから仲良くしてたら良いよ!」と自慢顔で話しているそこのあなた、その話が自分が能無しと言っている様なものですよ!人が凄かっても自分にはまったく関係が無い事で、本当に大事なのは自分自信がどうあるかですよ。 今年の「神戸語り」はこんな感じで始めていきますのでよろしく。
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