『~来る時代を迎えるための準備をパリの地で充電して来ました!~』
2010年4月 8日
(マスター パリにて)
4月3日から8日まで、勝手ながらボンマリアージュをお休みしてしまい申し訳なかった。 突然に私のなかで、パリの空気を味わいたい衝動に駆られて、飛行機に飛び乗ってしまった。 この前に訪れた時間の続きを懐かしく思う暇もなく、私たち夫婦はパリ時間を満喫してきた。 以前も書いたが、私が始めてパリに訪れた時に感じた、なんとも言えないパリの重苦しく感じた空気感とは真逆に、ある意味澄んだ匂いがした。 「ルイブログ」にも書いたが、空港に降り立った時に偶然にも虹が我々の到着を祝ってくれた。
何回この街を訪れたか、もう数える事も忘れたが、やはりパリが私達夫婦の原点と考えている以上、これから始まる向こう数十年の準備を整えなくてはならないこの年にパリの空気に触れたのは幸いであり、また準備がある程度整った証明であると考える。 渡航中に感じた様々な語りは順に聞いて頂く事にしたい。差し当たり、無事の帰国報告としたい。
『~「マグロ問題」って何?~』
2010年3月18日
(旧「神戸移住センター」)
最近ニュースで「マグロ」についての捕獲問題が派手に踊っている。 マグロ問題はひょっとしたら捕鯨問題のような複雑な交際問題に成りかねないので、少しだけ「マグロ」について語ってみる。
そもそもマグロを食べるのは日本人ぐらいだった。 その頃は、日本の消費量が世界の消費量にほぼ等しかった。 しかし、健康志向や、BSE問題の影響で欧米での牛肉離れ、中国人の消費増大などにより世界のマグロ需要が急増している。 世界のマグロ漁獲量は国別に見ると、台湾、日本、メキシコ、スペインと続く。 そのうち漁獲量の三分の一を消費しているのが「日本」である。
以前は国産マグロだけで国内需要をまかなえていたが、オイルショックの影響で、マグロ漁船の倒産が相次いだ事や、マグロ消費量の増加、安い外国産の流入により、輸入量が増加した。 すでに国内供給量の50%以上が輸入に頼っている。 日本以外の国の人々がマグロの美味しさを知った事により、諸外国とのマグロ争奪戦において、日本が競り落とせない「買い負け」が増えてきている事や、燃料高による国内船の廃業や操業見合わせで国内漁獲量が減少したことも拍車をかけている。
資源の枯渇が心配されるマグロだが、日本ではおもに5種類が食卓に上る。 スズキ目サバ科のマグロの中でも最高級とされる「本マグロ」といわれるクロマグロ。 それに次いで高値で取引されるのが、「ミナミマグロ(インドマグロ)」である。どちらもトロ身が多く取れる事から日本人には人気が高い。 黄色がかった体色が特徴の「キハダ」や大きい目が特徴の「メバチ」も、スーパーなどで刺身として人気がある。それと、「ビンチョウマグロ」はおもにツナ缶の材料として世界中で消費されている。 ひなみに、「カジキマグロ」は、サバ科マグロ属ではなく、カジキ科に属している。
資源枯渇が心配されているなかで、「養殖」と表示されているマグロは、実はその多くが完全な養殖ではなく「蓄養」と言う方法で供給された物である。 「蓄養」とは、天然マグロを生け簀で育て、脂を乗せたうえで売り出す方法である。 最近では稚魚から蓄養するケースが増えている。 スペイン、マルタ、イタリア、トルコ、など地中海沿岸のEU諸国ではクロマグロ、オーストラリアではミナミマグロの蓄養が盛んで、その大半が日本への輸出されている。
この蓄養は、マグロ資源の減少を補う方法にも思えるが、様々な問題がある。 たとえば、蓄養マグロの体重を1㎏増やすのには、イワシなどのエサが10~20㎏も必要になある。 そのために大量のイワシを獲ることによる生態系バランスや、本来、地中海には生息しないイワシを持ち込むことによる悪影響が懸念されている。このように、マグロ資源の現状に対して、大量にマグロを消費している世界一のマグロ消費国の日本に厳しい目が向けられている。
私もマグロは好物の一つであるが、別にマグロを食べなければ生きて行けないとは思わない。 しかし、日本人は確かにマグロが好物であることは間違いない。 しかし、本来のこの手の話は複雑な流通経済の話だと私は考える。 ある商品の価格を維持・吊り上げを考えるなら、貴重な価値をイメージさせ、商品をいろんな人(会社)の間でキャツチボールさせれば自然に価値は上がる。 蓄養するには、イワシが必要になるから本来手軽に口に入るはずのイワシも同様に高価な魚に変身してしまう。 どちらにしても、魚、穀物、肉、原油、鉱物、・・・と生きるうえで絶対に必要とされている、着・食・住には、誰かの経済感で値段が決まってしまうのは、今も昔も変わらない気がする。 ちなみに、マグロ嫌いの方には関係ないように思えるが、マグロ問題はエネルギー問題のシュミレーションに思えるのは私の思い過ごしであって欲しいものだ。
* 07年1月に、5つのマグロ資源管理機関が「神戸」で初めての合同会議を開いている。
『~効率の悪い方を選んだ方が面白い~』
2010年3月15日
(なつかしの神戸より)
新しいものと出合ったとき、「どれどれ?なんで?」と思える力が大切である。哲学と言う言葉は一見難しそうに思えるが、思うより全然難しいことではない。 自分の頭で考えると言う事が、哲学である。 あらゆる学問は、すべて哲学しているのである。 だから、サラリーマンにはサラリーマンの哲学、自営業には自営業の哲学、主婦には主婦の哲学、フリーターにはフリーターの哲学、犬には犬の哲学があってそれぞれがの考えが異なっているのが当然である。
新しい事柄に出合った時、「なるほど、面白い!」と思えるか。人と話を聞いていても、「そのアイデア、面白いね!」と、人のアイデアはけなさない。 決して「面白いもの」を探す事ではない。 「面白さ」を見つける事が大切なのである。 「探す」と「見つける」とは、なんとなく似ていると思いがちだが、実はまったく違う。 「探す」は言い換えると「感じようとする」、「見つける」は「感じてしまう」、「探す」は「同じ考え方の人を探す」、「見つける」は「違う考え方を見つけてしまった」と言う受身の準備がまったく違うので、それまでの心の準備が大切であると考える。
今まで、見たことも、聞いたことも、考えたことも無いようなムチャクチャな考え方の人に出会ったら幸運である。 「この人は、ムチャクチャだな!」と思いながら、いずれ、そのムチャクチャさが、快感に変わるかもしれない。 ムチャクチャさは、効率の悪いことを指すことが多いが、効率が良い方と悪い方があったら、わざと効率の悪い方へ行ったほうが面白い。 人生は、結局、回り道した量が決めてになるのである。
効率の悪い方を選ぶことは、決して答えを出す喜びではなく、考える喜びなのである。 仮に、答えが見つからないものに挑戦して、考えて考えて、答えが見つからなくても良いと思う、その結果、変なところにたどり着いても良いのである。 目的地も無限にあれば、そのにたどり着く道も無限にある。自分の考えた道順で迷ってしまったなら大丈夫であるが、地図を渡されて(人が教えてくれた道)で、目的地に早く着いたとしても、ぜんぜん面白く無いはずである。 人生の最大の興は無駄であると考える、お金の無駄遣いではなく、考える時間の意味のある時間の無駄使いをお進めする。
私は最近、時間が欲しいと思うようになった。 人と話す時間、本を読む時間、趣味に使う時間、・・・・。 時間がこれほど大切なものなのか、ようやく理解し始めた。 以前は、時間なんていくらでもあると思っていたし、「出来るだけ効率良く物事をこなす事を良し」といろんな人から教えられた。しかし、遠回りしてきた人の考え方に魅了される事が多い、そんなムチャクチャな人は決して答えを教えてくれないが、迷いかたを教えてくれてくれる。 でも迷ってたどり着いた所は、もしかしたら次元の違う場所で、大勢の人達がその場所にたどり着きたいと願っている場所かもしれない。
『~生活文化としてのカフェ~』
2010年2月24日
(パリ在住 フローリスト FUMIKO MOTOBAYASHI パリより)
パリを代表するアーバンリゾート装置を三つ挙げたら、「美術館」、「公園」、「カフェ」、と答える。 そして順位から言えば、まず「カフェ」を第一に置きたい。 パリをカフェ抜きで想像する事は出来ない。パリのそれは、日本のそれとはひと味もふた味も違う。パリジャンのカフェは居間の延長と言うほうが良く似合う、「一日を始め一日を終える場所、噂をしたり議論する場所、人を眺め、人に眺められる場所。」である。
しかし、昨今の日本の喫茶店の衰退ぶりをどう考えるか・・・。 確かに、地価の高騰による家賃の圧迫、人件費の上昇、そういった経済的側面だけではないもっと深い意味が問題ではないか。 つまり日本人の暮らしぶりの変容、生活に向き合う価値意識の変化にともなう根本的な問題と強く関わっているような気がする。
喫茶店の衰退は「経済的要因」が原因であると思われがちであるが、確かに、ファミリーレストランやファストフード店など、営業内容が喫茶店と競争する店が増えて価格競争を余儀なくされ大型店舗の資本の大きさに太刀打ちできず経営が苦しくなっているのも実情であるが、根本的に、「来客を誘って一杯コーヒーとか、職場を抜け出して一服という余裕が無くなってしまったライフスタイルが本当の原因ではないか。」
戦後のアメリカ文化への盲目的な追随。とりわけ高度成長期から近年に至るまでのアメリカ流のライフスタイルをマネしょとする風潮のしらしむところではなかったか。 現在でも若者の生活文化の形成に影響を与えていると感じる。 アメリカ文化の象徴が、効率重視のファストフード・ショップの乱立、すなわち「高速化社会」の生活習慣の植え付けであると考える。
しかし、日本人がもともと性急な国民性であったはずはない。 「桜かざして今日も遊びつ」であったはずである。かってこの国にも「余裕」と言うものが生活の根底にあったと論証されている。いわゆる広い意味での民族の血、国民性が最古から流れているはずである。 高速化は日本人の社会行動にも現れてきていると考える。 このまま高速社会を続けていると、本当に取り返しのつかない国に成る気がしてならない。
昔の街並みには決まって喫茶店が店を構えていた、店の近くで生活している人々が、朝にはモーニングセットと朝刊、昼には日替わりランチセット、三時には一服、仕事が終わればビールを一杯、そんな空間が「昭和の喫茶店」である。 私も子供ながら、そんな大人の時間の使い方に憧れを抱いていた。また、当時の喫茶店に顔が効く大人の人に憧れた。 今思うと昭和の時代にはパリのカフェにも似た生活習慣がいたるところにあり、そこには「余裕」の時間、無為の時間を楽しめる人達が存在した。 その店は決してアメリカ文化の店ではなかったはずである。
「昭和の喫茶店」を懐かしいと感じている人達は多いと思うが、まだ懐かしいとか思える人は幸運ではないか。なぜなら、そんな喫茶店を平成の時代に生まれた若者達は知らない人もいるに違いない。その若者達がまさにいま、ファストフード文化を脱却してパリやイタリヤにあるカフェの様な生活一体型のオシャレなライフスタイルをどうしたら実現するか模索しているではないか。ちょっと前には決してオシャレな内装ではないかも知れないが、でも確かに生活の中心がそんな店であった大人の人が神戸には沢山いたことを、そんな時代があった事を思い出して、次の世代に伝えて言って欲しい、「昭和の時代には、あまりオシャレではなかったが、パリジャンにも似たライフスタイルをおくっていた大人がいた事を。」
『~上海から見た神戸~』
2010年2月 8日
(上海 外灘 にて)
昨年から、二月五日から七日に掛けての上海旅行の準備(現在の上海情報の収集)でなかなか「神戸語り」を書く時間が無かった。 情報を集めれば集めるほど、頭でっかちに成る。 渡航の日程が決まって、上海に在住しているボンマリアージュのお客さん達に連絡したら、こころよい返事を頂いた。
上海への渡航は、今回で四回目になる。 毎回お世話になっている「O氏」や先月から上海駐在が決まってまだ日も浅い「M氏」と毎夜毎夜あたかも神戸の夜を楽しんでいるがごとく朝方まで飲み明かした。
今までの上海の印象と今回の感想は、以前とは比べられないほど違っていた。 「世界都市上海」は以前、私が感じたハード(表面重視)から、ソフト(いろんな意味での文化レベル向上)へと変革していたと感じた。 以前は、日本の商品やお洒落な店構えをした物を持ち込めさえすればビジネスに成ったと思った時期もあるが、今は上海の最新の感覚(世界基準)を逆に神戸は学び直さなければならないのではないかと感じた。
現に、新天地のカフェで、妻が「カシス・オレンジ」を注文すると、ウエイトレスが「カシス・ハイボール(ソーダ)しかない!」と言われたが、「カシスとオレンジジュースがあるなら、こうしたら出来るよ!」と教えて、希望の「カシス・オレンジ」が出来上がった。 会計の時に、そのウエイトレスが「カシス・オレンジって美味しいの?」と聞いてきたので、「とっても美味しいよ!今度試してみてね!」と言ったら、彼女は「絶対に試してみる!」と笑顔で受け答えしてくえた。 もちろん、私は中国語は話せないので英語の会話であったが、考えてみれば国際都市を自負するなら完璧な英語でなくても片言の英語でコミニケーションを図って当然ではないか。
残念な事に外国の人から声を掛けられて無視してしまう神戸っ子が多いようにお思ってしまう。 開港以来からの国際色豊かな神戸っ子気質をもう一度呼び起こして欲しいものだ。
神戸と上海は歴史的に見ても昔から深い関係にある。 その港町として同じ地域性であるのに、二つは決定的な違いがある。 勿論、経済的に見て上向きかそうで無いかでは無く、次世代の文化レベルにあると思う。.神戸も上海に習い、「世界都市神戸」を実現したいものだ。
『~自分で考えて間違った方が、楽しい。~』
2010年1月28日
(なつかしの神戸より)
あなたは、「考える力」に自信がありますか? 「考える力」には、二つあります。 ・自分で考える力、・他人のマネをする力。 ほとんどの人が、自分の頭で考えていると思っているが。 そのうちのかなりの人が、他人の考えたことのマネをしているだけである。自分で考えていないのである。
自分で考える事が出来ないのは、頭が悪いからでは決してない。 それは、私たちが学校や社会で、自分の頭で考えるトレーニングを受けていないからである。 学校で成績が良かったのは、他人のマネをするのがうまい人だったのである。 これからの時代をどうして生きるかは、自分で考える事が出来るようになり、「他人の考えで正解するより、自分で考えて間違ったほうが、楽しい!」といかに思うかである。
無理に勉強しなさいと言われて勉強しても、結局、そんな勉強は身に付かない。好きになれないものを無理にやりなさいと言われても、絶対やる気にはならない。 そんな勉強はどんなに我慢してやっても、身付かない。時間の無駄です。 せっかく貴重な時間をいやいややる勉強で無駄にするなら、さっさとやめて遊びに行った方が良いのではないか、サボって遊びに行った人は、楽しかった記憶が残るはずである。 その、「記憶」が無駄な勉強以上の力に変わるかも知れない。
学生時代に勉強を好きになるキッカケと出合った人と、出会わなかった人で大きく分かれる。 一口に「勉強」と言っても、「勉強」には二通りある。 「教育」と「学習」である。 一見似ているように思うが、二つは全然違う。学生時代に学校で「勉強」していた(させられていた。)のは、「教育」である。「教育を受ける」と言うように、受け身の言葉がつながる。 「教育をする」と言うのは、教える側を意味する。それに対し「学習をする」と言えば、「学び」「習う」ですから、自分で自発的にすることであるから、「学習を受ける」とは言わない。 つまり、「教育」は受身であり、「学習」は本能的な行動なのである。
人は皆、生まれて来ただけでは、一人前の人間にはなれない。 成長の過程で、いろんな出来事(成功や失敗)や興味(仕事や遊び)や人に出会いながら成人し老いて行きます。 人間は、本質的に、「生まれ変わりたい」と願う動物だと思う。決して、悪く生まれ変わりたいと思う人はいないはずです。 「今より、もっとよく生まれ変わりたい」と言う欲望が、向上心なのではないか。
では、どうしたら、生まれ変わる事が出来るのか。 それは、「学習」であると思う。 「学習」は、「ああ、なるほど!」と感動を感じながら、今までの自分のカラを打ち破って行くことです。 「今まで自分はこんな風に思っていたが、確かに違う考え方もあるんだ!」と言う新しい考えに気づくことが「学習」である。
私は自慢ではないが、勉強が嫌いであった。学校の授業が将来、何の役に立つのか理解できなかった。その考えは今も変わらない!それより、遊びに行った時の失敗した記憶が経験になり、「次は同じ失敗はしないぞ!」と思っている。それは幾つに成っても同じである。今まで出会った事の無い新しい出来事が記憶に残り、その経験が力になり、そして成長して行くものだと思っている。やがて、その色んな経験が「学習してきた知識」に変わり、いろんな出来事を事前に予測出来たり、仮に事が起こってからでも、「学習してきた経験」から難を逃れる事が出来ると信じている。
年が変わって、バタバタして「神戸語り」を書く時間がなかなか持てなかった。 やはり、今年は変革の年に成る予感が増している。ただ心配なのは、やっぱりもっと勉強(学習)しておけばよかったと悔やんでいる。でも、同じ時間は二つとして無いので、日々、新しい経験をさせてもらっている。皆さんも日々あたらしい日であることをお忘れないで、一緒に「学習」して行きましょう。
『~会社は生き物である。~』
2010年1月12日
(なつかしの神戸より)
創業後間もない企業は、まさに今、創業者を支える経営幹部のレベルが問われる時期に来ている。 昨今、インターネットでの事業が多い仕事に成ると、社員一人一人がパソコンの画面に向かい、一人一人で完結する作業も多くなっている。そうなると「○○会社」の社員であると言う連帯感が失う可能性が出てくる。
中小企業なら経営者が社員一人一人をしっかり管理出来ていたものが、事業が拡大するにつれ管理出来なくなってくる。 会社が変革を遂げるためには、どこかでそのシステムを抜本的に変革しなければいけない。 昆虫で言えば、脱皮。人間で言う、乳歯から永久歯に生え変わるような変身を遂げなければ、それ以上大きくなれない。そう、会社は生き物と言える。
日本にも、かつて急激な成長を遂げた会社がいくつもあった。「ソニー」や「ホンダ」がそうである。 「ソニー」は東京通信工業株式会社。「ホンダ」は本田技術研究所と言う小さな会社から始まった。 本田の最初の製品は、自転車に小型エンジンを付けたという程度の物であったが、今では、世界に名を轟かせる大企業である。 中小企業から大企業に変革する際に、創業者といつもコンビを組んで、支えてきた人が必ずいた。 まさに今、企業が色んな意味での変革が求められる時、どう変革を遂げられるか、その会社の人材の真価が問われる時代に来てしまった。
「会社は生き物だ。」と言ったが、会社を人間に例えるなら、一見変わらないように見えて、実は常に変化している。常に新しい細胞が生まれ、古くなった細胞が死んでいる。二十年前のあなたの細胞はもう存在していない。死んでしまって、代わりにそっくり新しい細胞に入れ替わっている。会社も同じで、常に何処かであるものが生まれ、常に何処かであるものが死んでいく。この変化を繰り返さない限り、会社は生き延びられないのである。
そう、会社には寿命があるのです。会社は時代に合わせて変化しなければ、寿命がきてしまう。また、その変化によって再び生き返り、どんどん伸びていく可能性も出てくる。つまり、「会社は、大きくならざるを得ない!」のです。 会社を立ち上げた当初は、少ない人数で始めても、事業を拡大に伴って人が増え、そのために、新しい部(事業)を作って、会社は常に、「変化し続ける」、「大きくなる」と言う事を求められている。
生き残りを図るためには多角経営に手を伸ばす企業の増えている。まったく新しい業種にチャレンジして、新ビジネスの方が本業になってしまう会社もあれば、多角経営に失敗して経営が傾いてしまった会社もある。常に利益追求を求められる企業は、今、世の中が何を求めているのか、いつも先に考えていかなければいけないのである。 逆に、いろんな事に手を出すのではなく、ひたすらこれだけに特化していく戦略で生き延びる会社もある。 もう一度、今、勤めている会社、お店、の方向性を経営者と共に考え、それから経営者と共に歩んで行く道を確認しようではないか、そうしたら仕事が、上司から言われてヤラされているのではなく、自分のためにヤッテいると思うかもしれない。
私も経営者の端くれであるから、「店を大きくしたい」、「店舗を増やしたい」、と思い挑戦したが、「くまたか」、「ボンマリアージュ」、「四季遊材」、「プチ・ボンマリアージュ」、の四店舗が最大であった。 当時は、人の管理、仕入れの管理、クオリティーの維持、・・・・。など寝る時間も無かった。 やはり私の場合、人材育成に掛ける時間が少なかったと今思う。当時は、時代が何を求めているのかが分かり過ぎて、自分の手持ちの人材を超える店の展開をしていたと思う。そのため、私自身が本当にやりたい事と店を維持していく事が分からなくなってしまっていた。結局、私には経営者の器が無かったと思う。 現在、妻と二人で「ボンマリアージュ」を営んでいるが、今が、自分たちが本当にやりたかった事が出来ているのかも知れない。 創業当時(「くまたか」の時代)から私たちの事をご存知の方は、「23年前と全然かわらないな!」と言ってくれが、妻と目が合い、「ここまで、色んな事があったよな~!」と言いたくなる。 ある意味、私たちは幸運である、色んな展開をしてきて今もこうして、夫婦で店が出来ている。 私たちの細胞は、二十数年前の古い細胞が進化して、よく似ているが、まったく新しい細胞が生まれた事に成ったのかもしれない。これもみな、妻のおかげではあるが。みなさんも、運命共同体(経営者・社員・家族・・・。)との対話に重きを置いて、これからの方向を決める事をお勧めする。
『~会社員ってなに?~』
2010年1月 8日
(なつかしの神戸より)
新年が明けて一週間が過ぎた。わがボンマリアージュにも、今年の初顔見世の期間が大方済んだ。 なじみのお客に、「神戸語り」の感想を聞くと、「お金の話と会社の話が良かった。」とご感想を頂いた。そして、「もっと知りたい。」とご要望があったので、今回は、少し目線を変えて、自分が起業を目指すのではなく、一会社員として、会社にいかに貢献して、会社を大きくして行く時に必ず必要な人材であり続けるかを少し考えて行きたいと思う。
あなたが社長だったとして、会社を始めようとしたらどんな理由からだと思いますか? 「お金が儲かりそうだから。」と思うはずです。 会社は何の目的として存在するか?ズバリお金儲けだと言えます。では、儲けたお金は誰の物になるか? 儲けたお金は、その会社を維持するための経費(人件費を含む)とか、税金に使ったり、いろいろな目的に使われます。
社員が頑張って、会社の利益を上げれば、当然ながら社員(社長も含む)の給料も上がります。その一人一人の社員の働きで、会社の利益が上がれば給料も上がる、「運命共同体」のような所がある。 一人ではとても実現出来ない大きな仕事を何人かのチームで協力して行い、一人ではとうてい実現出来なかった大きな利益を上げ、それをみんなで配分する。そんな性格の組織が会社である。
会社は、「法人」と言う別の言い方がある。「法人」とは、「法の人」と書くが、文字通り「法律上、人と同じ扱いをする。」と言う意味である。 例えば、人間はお金があれば家を持つ事や、車を持つ事が出来るのと同じで、会社でも土地や車を持つ事が出来ますが、これはいったい誰の持ち物なのか? 当然に、会社のお金で買った物は、会社の物ですが、人間でしか持てないはずも物でも、法務局に登記をすることによって、この会社を法律上人と同じ扱いとする。と言う仕組みが「法人」である。
だから、会社所有の土地や車などは、決して社長の財産ではないのです。だから、社長が死んでも、法人の持ち物である限りは、社長の遺族に相続される訳では無い。もちろん、その会社の株を、亡くなった社長が大量に持っていれば、遺族は株を相続する事で会社への支配権も相続しますが、それは、株主としての事であって、土地や車を持っているのは、あくまで会社そのものである。
どんな会社でも、始まりは海のものとも山のものともわからない、あらゆる可能性を秘めているけれど、リスクも大きい。いわば「ベンチャー企業」である。 では、リスクを負ってまで起業する意味は?起業の理由の多くは、「そこに金の鉱脈があるから。」ではないでしょうか。社会がその企業・その業種を求めていると確信があるからである。
今は知らない人はいない「楽天」や「ユニクロ」だって、創業当時は「何、それ?」「何の会社?」と思った人がほとんどであった。 「楽天」は業種で言うと「情報通信業」と言う事になる。特別な店舗を持たずに、インターネット上でさまざまなサービスを提供する会社で、数年前までは存在しない業種である。インターネットの普及により、急成長を遂げ、今では「情報通信業」は欠かせない業種になった。
「ユニクロ」は、山口県の「小郡商事」と言う小さな洋服店から始まった。 その小さな洋服店は、経営を先代から二代目にうつしたのをきっかけに「実際に洋服を作るとこから始めよう」と、小売から製造業にまで手を広げた。そえが今の「ユニクロ」である。ただ、ユニクロは洋服を作るところまでは、先代からの社員がついて来たが、「仕入れも自社で始めよう」という展開になったときに、会社の方針についていけずに辞めてしまった人がいた。実際には、これからの事業展開に必要が無い人材とされたのである。
会社と言うのは、出来たばかりの時は知り合いだけで始める。創業時に入社した人が、会社が大きくなった時に経営幹部に成る可能性が高い。会社を大きく拡大させるためには、創業者の力はもちろん、その人を支える充分な人材がいるかどうかが大きな分かれ目になる。すなわち、経営者は、会社を大きくするために優秀な人材を育てるか、すでに能力のある人材を入社させるかを常に考えている。
私は今の不景気の時代を会社が生き抜く(生き残る)には、やはり人材だと思う。 規模を拡大する時も縮小する時もやはり優秀な人材を確保出来るか否かが結果につながる。 こう言う事を経営者は常に考えているからには、会社員の方はよほど気を引き締めなければ生き残って行けないと思う。会社員には、社長も含まれる事を絶対に忘れてはならないし勘違いしてはいけない。役職が付く事がより大きな責任を背負うことに成る事を忘れてはいけない。部下を使いこなでない上司が真っ先に能力の無い人材と烙印を押されるので気を抜かないようにしたい。 以前に(「神戸語り」の~『株式会社ってなに?~』)、出来れば「社長には成りたくない!」と書いたが、しかし、役職が付くと責任が重くなるのであるが、大きな仕事を自分の発想で成功させれるチャンスでもある。 役職があるなしに限らず、まず自分の仕事を客観的に見て与えられた仕事をただこなしているだけと感じた人は、ただちに修正することをお勧めする。
『~バスティーユの天使~』
2010年1月 5日
(パリ在住 フローリスト FUMIKO MOTOBAYASHI バスティーユにて)
パリ十一区のシンボル。バスティーユの塔の上に、鎖を断ち切っていまにも飛翔しようとする自由の天使像が黄金色に輝いている。 一七八九年のバスティーユ攻撃、一八三〇年の七月革命、一八四八年の二月革命、一八七一年のパリ・コミューン。 フランスが大国から共和国へ生まれ変わるのには、一世紀もの長い時間が必要だった。 戦いのたびに、十一区は市民がバリケードを築き、武器をかき集めて立てこもる、市民戦の舞台であった。
十一区は、このバスティーユ広場とナシオン(国家)広場、レピュブリック(共和国)広場に囲まれている、抗議デモなどが行われる時は、いまも必ず、これら三つの広場と、広場と広場を結ぶ大通りが舞台となる。 十一区の記憶に刻まれた、自由、平等、博愛、の精神にあやかっての事である。
一八八〇年、七月十四日のバスティーユ攻撃の日が正式にフランス革命記念日として祝われた。 ナシオン広場とバスティーユ広場をゆるやかにうねりながら結ぶのが、フォーブール・サン=タントワーヌ通りで、ここは、王制の時代から、 家具産業で繁栄された場所で名高い。 貧しさと労働を共有する中で育まれた、連帯と博愛の精神。 物づくりの厳しさと、創造力重視の環境から立ち上がる独立の心意気、十一区の石畳に刻まれた、反骨精神は、いまを生きるアーティスト気質と決して無関係ではないだろう。
私の友人、FUMIKO MOTOBAYASHIの現在の住まいも、バスティーユ広場を入った所にある。その便利性もあってパリに行くとこの辺りに宿を取る。 日曜日には、私も市民抗議のデモにぶつかる時があるが、夜には静けさを取り戻し、広場の自由の天使を司る塔を見渡せるカフェで酒を飲みながら談笑するのが好きである。ボンマリのお客さんと一緒に旅したおりには、二人でお店の閉店時間まで長話をしながら深酒をした記憶がある。
『~「株式会社」のしくみ~』
2010年1月 3日
(なつかしの神戸 より)
今年最初の語りは何にしようかと考えたが、やたらお正月のテレビ番組を見ていたら、政治や経済の話が多かったように思うので、今回は「株式会社」の仕組みを簡単に語ってみようと思う。
世界で始めての株式会社は十七世紀初頭の「東インド会社」と言われている。 今と違って飛行機や汽車がない時代で、遠い国と貿易をするには船が一番であった。当時、世界で力を誇っていたのはポルトガルやオランダであった。彼らは海に面した国で海洋の覇権を握り、アジアにおける植民地と香辛料の貿易を通じて繁栄していた。 しかし、当時の航海は危険を伴うもので、出発したものの嵐や海賊に遭い、無事に戻って来ること自体大変な時代であった。
そんな航海には大変な費用がかかった。 まず遠洋が出来る船を造り、次に乗組員を集めなくてはならない。王族や大貴族でない限り、まとまったお金を出す事が出来なかったのは当然である。 そこで、大勢の人々からお金を集める事を思いついた。一人が多額の資金を出すのではなく、多くの人が自分の出せる金額を出資するのである。もし、無事に航海から戻ってくれば、香辛料などの品々を手に入れる事ができ、さらに出資した金額以上の利益を得られる事が、多くの人がお金を出してくれる理由であった。
冷蔵庫のない時代、ヨーロッパでは、肉を塩づけで保存しなくてはならなかったので、かなり臭かったと言われている。そこで、東南アジアから運ばれたコショウをはじめとする香辛料がかなり人気でとても高価な物であった。 コショウ1gと金1gが同じ価値であったとも言われていた。 調達先の東南アジアでは、そんなに高価ではなかったはずであるから、無事に寄港すれば、儲けは莫大であったに違いない。 このように一人では無理な事でも、多くの人が出資してくれる事によって多額の資金が集まり、会社を興す事ができる方法が、株式会社の特徴の一つの「資金調達」の考えである。
会社の資金を出した人たちを資本家、株券を持っている人を株主と言う。どちらにしても会社の所有者である事には違いがない。では、この会社の所有者が直接経営しなくてはいけないのかと言うと、先ほどの例で言えば、航海をする会社に出資した人は自分で船に乗って航海しなくてはいけない事と同じである。当たり前であるが、お金を出す人と実際に航海する人は違う。お金を出した人が直接航海しなければいけないのなら、よほどの冒険好きな人でない限り出資しないはずである。
つまり、集めたお金の中から、船長をはじめプロの乗組員を雇えばよいのである。現代に当てはめると、経営手腕に長けた人、経営のプロに社長として経営を行ってもらえればよいのである。 これが、資本と経営が分かれいる株式会社のもう一つの特徴である「資本と経営の分離」の事である。
私がよく子供の頃に、「将来、何に成りたいの?」て聞かれたら、「社長さんに成りたい!」て答えたものだ。でも、誰でも一度は、「社長さんはお金持ちで一番偉い!」と思ったのではないか。社長さんのイメージは、「大きな家に住んで、高級車に乗って・・・・・。」と思ったはずである。 それが、会社の仕組みや経済の仕組みが何気にわかってくると、「社長には成りたくない!」と思ってしまう。だって、経営能力や責任能力を問われて、常に気が休まらないはずである。 レストランでも、「オーナ」と「シェフ」が分かれている店もあれば、ここは、「オーナーシェフ」が料理を作ってくれると言う店もある。 もちろん、その人の能力で規模が違ってくるのであろうが。私はいつも、店に掛かって来る電話で「オーナーさん、ですか?」て聞かれたら、「いいえ違います。」と答えてしまう。 だって、「オーナー」て責任がかなり重いような気がするので、「マスター」と呼ばれると、「はい!」と間髪入れずに返事してしまう。 これも、一種の職業病であるのだが。 言い忘れたが、株式会社には、「有限責任」てのがあるのも特徴の一つである。
(注・・・会社の形態で、「有限責任」と「無限責任」に責任の範囲が違うので出資する時は、よく調べる事!)














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